北海道銀行は北の大地で頑張っています!

北海道銀行の歴史について

「北海道銀行」と言う名称の銀行は、実は2つの銀行がありました。現存する北海道銀行とは無関係の「(旧)北海道銀行」は、1891年に札幌に設立された屯田銀行と、1894年余市町に設立された余市銀行が合併して生まれました。第二次世界大戦中の国策による金融機関の強制合併によって、北海道拓殖銀行(たくぎん)に統合されて消滅したのです。

そして現在の北海道銀行となる母体の銀行は、戦後の経済復興によって、様々な企業向けの資金提供などを行う銀行の存在が重要になってきたことと、必要な経営運転資金の需要に応えるために、北海道内の中小企業や富豪が集まって新銀行の設立を決定し、準備を進めた結果、1951年3月株式会社北海道銀行(どうぎん)として発足させたものです。

中小企業などに支えられて生まれた北海道銀行であるからこそ、現在に至るまで北海道の経済において重要な金融機関となっています。特に石炭業などが重要な産業となっていた高度経済成長期において、北海道銀行も順調に経営規模を拡大し、1970年代には地方銀行ランキングの中で上位10行に入るまで規模を拡大させました。ライバルともいえる拓殖銀行と共に、北海道有数の銀行として地盤を固めたのです。

しかし、石炭産業の斜陽とともに北海道の経済は大きく低迷します。その後代替産業の育成が遅れ、公共事業に依存する北海道の経済体質が変わることはなく、地方経済の先行きが不安になる一方で、バブル期の不動産融資ラッシュに乗じた融資競争も加速し、バブル崩壊とともにライバルの拓殖銀行は経営破たん、北海道銀行も多額の不良債権を抱え、拓殖銀行の受け皿金融機関になることもなく、北海道内第3位の北洋銀行にシェアを奪われる事態になりました。

現在では不良債権処理を加速させ、北洋銀行などのライバル銀行と北海道内において顧客獲得競争を繰り広げています。